卑弥呼の墓 の有力候補地

調べてみました

卑弥呼の墓の有力候補地は2か所

            奈良と福岡

 

なかなか論争が決着が無い理由

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 ・卑弥呼が生きた弥生時代には日本に文字がなく

  中国の歴史書『魏志倭人伝』の

  短い記述を参考にするしかないこと

 

 ・「地元の遺跡が卑弥呼の墓であってほしい」という

  人々の願いが事実を見られなくしてしまうこと

 

 ・宮内庁の管理下にある墳墓の発掘作業が

  制限されていることなどが要因だそうです

 ふむふむ・・・・・・・・・・

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畿内

大阪や滋賀をあてる論者もいます

ヤマタイ」 と 「ヤマト」の読みが似ているため

大和国 = 奈良県邪馬台国の場所だと

考える人が多いようです

そして、邪馬台国が後の大和朝廷

になると考えます
ふむふむ・・・・・・・・・・

 

歴史書の記述との合致で見ると

魏志倭人伝

 の記述に合う条件としての観点から

 

卑弥呼の時代である弥生時代の終わりから

古墳時代の初めにかけての古墳が畿内に多い

 

・魏に贈られたとされる三角縁神獣鏡

出土している

 

・『日本書紀』=飛鳥時代の天武・持統朝の書物

卑弥呼神功皇后(じんぐうこうごう)

同一の人物として描かれている

九州に大和朝廷とは別の王家があったとは

考えにくいそうです

なぜなら、

神功皇后史実として認められない伝説上の人物

真実味に欠けると言う事ですね

 

纏向(まきむく)遺跡

畿内説の有力な候補地は纏向遺跡

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卑弥呼の墓とされる古墳もあります

十分な調査がされているとはいえせんが

弥生時代から古墳時代に移り変わる時代の遺跡

一応、邪馬台国と時代が重なります 

中国との交易をうかがわせる出土品が少ないのが難点

ふ~ん・・・・一長一短ですね!

 

箸墓(はしはか)古墳

卑弥呼が亡くなった3世紀半ば~後半

     に造られたとされる

纏向遺跡にある卑弥呼の墓の有力候補

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初期の古墳としては最大規模の前方後円墳です

箸墓古墳は、

倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)の墓

宮内庁に陵墓指定されている

しかし発掘調査が思うように進んでいない

倭迹迹日百襲姫命孝霊天皇の皇女で

箸墓古墳からも見える三輪山

大物主神(おおものぬしのかみ)の妻の1人とです

 

「ヒミコ」=「ヒメミコ」

卑弥呼倭迹迹日百襲姫命

          と考えられている

 

この時代の皇族は伝説上のものだと考えるのが通説

宮内庁が考える埋葬者は

学者が調べた埋葬者と一致しないことが多いのです

皇室の血縁がらみ?

 

九州説

九州説は畿内説より複雑です

邪馬台国

大和朝廷の関係

九州のどの遺跡を邪馬台国のものと

するかについて様々な考えがあるようです

九州説の論拠

魏志倭人伝の記述と方角が一致している

距離についても一定の計算を

経れば九州に到達すること

書かれた風習が遺跡から確認できる

 

二王朝並立説と東遷説

九州説 大和朝廷に対して邪馬台国

どのように位置づけるかに関して

2つの説を説いている

二王朝並立説

九州の邪馬台国とは無関係に力をつけた

大和朝廷畿内に誕生したとの考え

東遷説

邪馬台国が何らかの理由で

東の大和地方に拠点を移したとの考え

根拠の元に説を立てていて真実が?

 

 

平原(ひらばる)遺跡

福岡県の平原遺跡は

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邪馬台国とも伊都国とも言われます

中国産の鏡が大量に出土していることから

この遺跡の1号墓を

卑弥呼の墓とする論者もいます

邪馬台国時代の中国産

       とても重要ですね

 

吉野ヶ里遺跡佐賀県の遺跡

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邪馬台国の候補地に挙げられることもあります

九州説の学者の間でも

    周辺の国の1つというのが通説です

 

西都原遺跡古墳群

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宮崎の西都原遺跡の

男狭穂塚(おさほづか)という古墳が

卑弥呼の墓だとする見解があります

宮内庁の陵墓参考地になっており

発掘が進んでいません

因みに、宮内庁によると被葬候補者は

天孫降臨瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)

というお隣の女狭穂塚(めさほづか)の

被葬候補者はその妻で

富士山や桜にたとえられる

木花開耶姫(このはなのさくやびめ)です

 

天孫降臨(てんそんこうりん)とは

日本神話において、天孫の邇邇藝命(ににぎのみこと )

天照大神の神勅を受けて授かった三種の神器

たずさえ天児屋命(あまのこやねのみこと)などの

神々を連れて、高天原から地上へと 向かう

途中、猿田毘古神(さるたひこのかみ)が案内をし

邇邇藝命は筑紫の日向( ひむか)の高千穂に降り立った

神話と史実には区別をつけてほしいところですね

 

宇佐神宮

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大分の宇佐神宮(別名:宇佐八幡宮)の

祭神「比売大神(ひめのおおかみ)」

卑弥呼とし境内に墓があるという説

宇佐神宮の祭神は

応神天皇神功皇后と比売大神ですから

神功皇后卑弥呼の関係を信じる人に人気のある説

ただ、史実に合わないだけでなく

神社側も比売大神は宗像三神を指すと示しています

 

通説からは反れますが

畿内や九州以外にも

卑弥呼の墓とされる遺跡があります

 

八倉比売神

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徳島の八倉比売神社の裏手にある

磐座(いわくら)を卑弥呼の墓とする見解

 

北陸や関東

具体的な邪馬台国の遺跡や卑弥呼の墓の

候補地の説は確認が取ていませんが

北陸や関東にも

卑弥呼の墓があると考える説も多々あります

 霊力も備えている邪馬台国卑弥呼

幽体離脱・分身の術など不思議なパワーで日本国中を

駆け巡っていたのかも・・・

全てが卑弥呼の墓なのかも・・・

真実はその時代に生きていた人のみぞ知る!!

 

 

 

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