クウォーツ(水晶)

神秘の魂への あ・れ・こ・れ

心で 恋(エロス) を受け止めたい~① 古代 プラトン

恋(こい)とは

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特定の相手のことを好きだと感じ

大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情

恋愛=フォーリンラブ(Falling in love)

 

本棚の辞書を引いてみましょう

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   『広辞苑

「男女が互いに相手をこいしたうこと。その感情。こい」

「恋い慕う」は「恋しく思って追い従おうとする。恋慕する」

「恋しい」は   

           1「離れている人がどうしようもなく慕わしくて

                               せつないほどに心ひかれるさま」

       2 「場所・事物などが)慕わしい。なつかしい」

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   『三省堂国語辞典

「恋愛」は「(おたがいに)恋(コイ)をして

        愛を感じるようになること」

「恋」は「人を好きになって、会いたい、

        いつまでも そばにいたいと思う、

         満たされない気持ち(を持つこと)」

「愛」は

    1 「〈相手/ものごと〉をたいせつに思い

           つくそうとする気持ち」

    2 「恋(コイ)を感じた相手を

           たいせつに思う気持ち」

 

愛は精神生活の基本となる感情のようですね

 

『饗宴』 テーマは恋(エロス)

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  プラトン(紀元前428頃~紀元前347頃)による対話篇

   主役はソクラテス

『饗宴』は、パイドロス、パウサニアス、エリュクシマコス、

   アリストパネス、アガトン、ソクラテスの6人が、

   ギリシア神話のエロス神を称えるという形で

                   進んでいく

プラトンがここでで論じている恋は

  少年愛のことを指しているそうです

 

  いまではかなりアブナイものに聞こえます

  当時のギリシャ少年愛

  ポリスの市民(参政権をもつ男性)に

  暗黙の義務として課せられていたそうです

  

 古代ギリシア少年愛は決して特殊ではなく

 「少年愛」と「現代の恋愛」大きく異なるはず

  プラトン恋愛論は、古代ギリシャにしか

   通用しないのでは?

 

 

プラトンの議論の普遍性をよく吟味して確かめることで

形式上、違いがあっても納得できるならプラトン

恋愛の本質を上手く言い当てていることだと思う

 

 

「恋」(エロス)とは何か?

 パイドロス

エロス神は讃えられるべきだが

それは生まれの古さにある

古さゆえにエロス神は「善さ」の源泉であり

徳と幸福を得るために最も強い力になるのだ

 

それに対してパウサニアスが反論

君はエロス神を1種類しかいないと想定している

2種類のアプロディーテーに応じて2種類のエロスがいる

パンデモス・アプロディテに属するエロスは節操無く

誰に対しても向かう恋である

他方ウラニア・アプロディテに属するエロスは

ただ理性的な男性のみに対して向かう

このエロスこそが賞賛に値するのだ

 

この主張を、エリュクシマコスが別の視点から批判する

パウサニアス、君がエロスを2種類に区別したのは見事だ

ただ少年の美を目指すだけでなく徳も同時に目指すような

エロスこそが賞賛に値することを忘れてはいけない

徳を通じて善さの実現へと

向かうエロスこそが讃えられるべきだ

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3人に対して、アリストパネス

ちょっと待ちたまえ、君たちはかつて人間に

起こった出来事を学ばないといけない

人間は本来、男女に分かれてはいなかった

人間は神々に対して不遜な態度を取り続けていたゆえに

ゼウスによって男女へと分けられてしまったからだ

したがって人間が本来の姿を取り戻すために

みずからの片割れを探し求めるのは当然ではないか

完全なものへのこの欲望と追求に対して

恋という名がつけられているのである

 

アガトンはこう主張

エロスは最も美しく高貴である

その意味で最も幸福な神である

エロスは正義の徳、慎みの徳、勇気の徳

そして知恵の徳を備える

知恵の徳をもつゆえに

エロスにひとたび触れられると

誰もが詩人となってしまうのである

 

恋とは、

善きものと幸福への欲望なのでしょうか?

 

ソクラテスが次のように主張する

かつて私は、マンティネイアの婦人ディオティマ

次のように尋ねたことがある

「エロスとは一体何なのでしょうか?」

それに対してディオティマはこう答えた

 「全体的に言って、恋とは、あの善きものと

        幸福への欲望なのです」

 

恋とは、

善きものが永遠に自分のものであることを目ざすもの

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これがソクラテスディオティマから受け取った答え

 

恋は相手のうちに何かしらの

ロマン的な「よさ」を見て

それをわがものにしようとする

欲望だというのはとても本質的ですね

 

西洋諸国にて(現在)

キリスト教の影響を多かれ少なかれ受けています

大抵の国では

恋愛は自由で素晴らしいものと考えられている

ボーイフレンド

ガールフレンドという友達の関係を大切にいている

 

関係が基本はどこの国でも交際は男女の2者間

両者が親しくなると

同棲により生活を共にし

問題がなかった場合婚約するのが一般的

スウェーデンでは結婚したカップルの

    99%が同棲を経験している

これは事実婚に寛容な文化を背景を意味している

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古代より哲学者によっても論じられている

恋(こい・エロス)・恋愛

現代に至っても確たる答えは無いはず

一人一人の心の中での葛藤が状況により

喜怒哀楽を生んでいる

 

次回は、東洋の恋(こい)を・・・・