クウォーツ(水晶)

神秘の魂への あ・れ・こ・れ

心で 恋(エロス) を受け止めたい~②東洋のば・あ・い

恋(こい)とは

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特定の相手のことを好きだと感じ

大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情

恋愛=フォーリンラブ(Falling in love)

 

本棚の辞書を引いてみましょう

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   『広辞苑

「男女が互いに相手をこいしたうこと。その感情。こい」

「恋い慕う」は「恋しく思って追い従おうとする。恋慕する」

「恋しい」は   

           1「離れている人がどうしようもなく慕わしくて

                               せつないほどに心ひかれるさま」

       2 「場所・事物などが)慕わしい。なつかしい」

       f:id:cm-0116:20180125150458j:plain 

   『三省堂国語辞典

「恋愛」は「(おたがいに)恋(コイ)をして

        愛を感じるようになること」

「恋」は「人を好きになって、会いたい、

        いつまでも そばにいたいと思う、

         満たされない気持ち(を持つこと)」

「愛」は

    1 「〈相手/ものごと〉をたいせつに思い

           つくそうとする気持ち」

    2 「恋(コイ)を感じた相手を

           たいせつに思う気持ち」

 

愛は精神生活の基本となる感情のようですね

 

 

 

中国墨子の兼愛説

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博愛平等の異端的主張が有名であるが

仏教において

貧愛(とんあい)

「貪愛の心 常によく善心を汚し

     瞋憎の心 常によく法財を焼く」

自分の都合に合うものを際限なく

貪(むさぼ)り求めようとする心であり

この心が「善心を汚す」親鸞

 

染汚愛(ぜんまあい)

衆生が解脱しえない根本原因で十二因縁の一つ

財欲 ・色欲・食欲・名誉欲・睡眠欲

五欲のことを言う

 

信愛(不染汚愛)

信愛は信心をもって師長を愛するようなもので

貧欲煩悩をはなれて善法を修め衆生を憐愍すること

そのもっともすぐれたものが慈悲

 

 

中華人民共和国

18歳未満の低年齢者が恋愛をすることを

「早恋」と呼ぶ

学業成績の低下だけでなく生活の乱れや

家出、同棲などの非行につながると考える有識者が多い

 

黒竜江省では2009年8月末

未成年者の恋愛に対して

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「父母や監督責任者は

  批判、教育、制止、矯正を

    行わなければならない」

と条例が制定された 

  

日本語で「恋愛」という表現は

1847-48年のメドハーストによる

『英華辞典』が最古である

定着遅い、北村門太郎(後の北村透谷)も

明治20年(1887年)では「ラブ」と片仮名表記している

 

日本では古くから

  恋は和歌や文学の主要な題材となっている

 

万葉集』の「相聞歌」や『古今和歌集』に

   恋歌を見ることができる

 

傑作をご披露

国語の授業などで必ず習う有名な一首です

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あかねさす 紫野行き 標野行き

     野守は見ずや 君が袖振る

— 額田王(巻1・20)

 

【訳】

茜色の あの紫草の野を行き 

その御料地の野を歩いてるとき

野の番人は見ていないかしら 

ああ あなたそんなに袖を振ふらないでよ

  

今の時代ならば、

男性が自分に向かって袖を振っていても

なぜ人に見られたら困るのか?

  と思ってしまいますよね!

 

当時は「袖を振る」とは、この時代の呪式のようなもので

恋しい人の魂を自分のほうへ引き寄せるように

おいでおいでと袖を振る恋の仕草のことだったそうな

求愛の仕草なのです

 

それに、額田王(ぬかたのおほきみ)は

この時点では天智天皇の妻ですが、実は以前は

この歌で袖を振っている大海人皇子天智天皇の弟)の

妻でもあって一女をもうけているのです

元夫の再びの求愛???

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紫草の にほへる妹を憎くあらば 

     人妻ゆゑにわれ恋ひめやも

— 大海人皇子(巻1・21)

 

【訳】 

紫草のように香れる君がもし憎かったなら 

いまは兄の妻の君を

    どうして恋い慕うことがあるものか

 

この歌は先に紹介した額田王の「あかねさす…」の

歌に答えて大海人皇子

(おほしあまのみこ 後の天武天皇)が詠んだ歌です

この二首はセットになっています

宴席での戯れに詠まれた応答歌です

 

歌の意味をそのままに取るなら

いまはもう兄の妻になってしまったかつての妻に

「君をいまでも慕っているのです」と

求愛する危険な恋の歌!!!

                                                                                                               

この歌を詠んだ時点での額田王たちは

すでにこの時代のかなりの高齢

おばあさん、おじいさんだったとの事

そしてその席には

額田王のいまの夫である天智天皇

いただろうといわれています

普通なら目の前でこんな戯れ歌を詠える

はずないですよね!

なのに・・・

この御三方

信頼関係がとても深かったのでしょう

 

物語文学において

伊勢物語』や『源氏物語』など

貴族の恋模様を描いた作品が数多い時代

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男が女の元へと通う「通い婚」が通例であり

男女は時間を作って愛を育んだ後

女側の親が結婚を承諾して夫婦となった

 

平安時代の男女の倫理は(後の封建時代と比べて)

とても自由でした

「おおらか」「だらしない」とも言えます

今だと、「羨ましい」などと思う方もいる?

 

貴族の男性は複数の女性と並行的に関係を持ち

ある男性の子があちらこちらの

女性の腹から生まれることが一般的

またある女性が産んだ子の父親が周囲の人にも

時には産んだ女性自身にも一体誰なのかわからない

周囲の人にも、時には産んだ女性自身にも・・・

なんという時代でしょう!!!!

自由恋愛???

 

平安時代の貴族のような男女倫理では

世の中は乱れに乱れてしまう

 

そこで立ち上がったお方

時は、封建時代

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関東の名門豪族の娘北条政子

 

親の決めた相手を拒否し、

一族の命運をかけ

自分が惚れた源頼朝を相手に選んだ

源頼朝はというと

京の貴族の習慣に染まっている

貴族風の男女関係をそのまま自分の婚姻にも

当然持ちこんだ

他の女性たちとも関係を持とうとしたが

政子はそれを許しはしなかった

二人は互いに強力なパートナーとなり

政子は関東における人脈力や人心掌握力を駆使し

鎌倉幕府を盛り立て頼朝を一流の男に押し上げた

「あげまん」の先駆者ですね

 

中世頃には

仏教の戒律のひとつの女犯に関するものの

影響が見受けられとくに男性社会の側から

恋愛を危険視する傾向が生じた

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※権門体制※を維持する手段として男性が

※中世はこの武家・公家・寺社勢力の3つが

「おしくら饅頭」をしているようなもの※

賦役・租税の対象とされる一方、女性を財産ととらえ

交換や贈与の対象とする傾向が確認され

恋愛を社会秩序を破綻させる

可能性のあるものとして否定的にとらえる傾向が生じた

この傾向は江戸時代の儒教文化にも受け継がれた

倫理観や、家族制度・社会規範に対する献身を

称揚する文化に継承された

 

明治時代には

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中流階級では家制度による親が結婚相手を

決めるお見合い結婚が多かった

男性にとっては結婚は少なくとも法律上は結婚後の

自由な恋愛・性愛を禁ずるものではなく

地位ある男性が配偶者以外に愛人を持つことは

しばしば見られた

社会も既婚男性が未婚女性と交際することには

寛容であったが既婚女性が愛人を持つことは

法律上許されなかった(姦通罪)

 

明治から大正にかけて

文化人を中心としてロマン主義の影響で

恋愛結婚が理想的なものとの認識が広まる

大正時代には恋愛結婚に憧れる女性と

保守的な親との間で葛藤がおこることもあった

 

高度経済成長期以降

恋愛結婚の大衆化により恋愛は

普通の男女であれば誰でもできる・すべきものだ

という風潮が広がった

1980年代後半から1990年代初頭

バブル景気の日本では恋愛で消費行動が

重視される傾向があったとされ

イベント化され

「デートするならばここ(流行の店など)」

「何度目のデートならどこにいく」というような

マニュアル的な恋愛が

女性誌や男性向け情報誌・トレンディドラマなどで

盛んにもてはやされた

 

現代では

親の意向にのみ基づいたお見合い結婚の

割合はかなり少なく夫婦の間の愛情を

重視する恋愛結婚が大多数となり

お見合い結婚であっても本人の意向を

尊重するものが多くなった

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いっぽう恋愛の世界では

格差社会化が進んでいるとし「恋愛資本主義

恋愛資本による「魅力格差」・「恋愛格差」

などという言葉を多く耳にしますね

恋愛や性交渉を経験したことがない

中年層が増加しつつあると分析する者もいる

世の中に「モノ」が大量に溢れる中で

カップルの低俗化が指摘されることもある

 

恋愛パワースポット・占星術縁結びのご利益は

重視されるところであり恋愛成就のお守りや

恋愛運の書かれたお神籤は定番になっている

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恋も天運任せなのでしょうか!!

 

「恋」をしている人は

  優しさオーラに

限りなく包まれています

 

「恋」に、恋い焦がれる年齢ではありませんが

もしも、

連れ添っているパートナーが居るならば

限りある限り、何時までも

恋する心だけは持ち続けたい

そう願うのは 私だけ??