クウォーツ(水晶)

神秘の魂への あ・れ・こ・れ

アンデルセン童話 『おやゆび姫』

アンデルセン童話 

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・人魚姫

雪の女王

みにくいアヒルの子

・おやゆび姫  

 

デンマーク童話作家

 ハンス・クリスチャン・アンデルセン

 

  1805年4月2日 - 1875年8月4日

 (Hans Christian Andersen

  デンマーク語発音

 (ハンス・クレステャン・アナスン)) 

アンデルセンの故郷

  オーデンセの田園風景が背景とされている

デンマークの代表的な童話作家・詩人

 

デンマークでは、Andersen が

非常にありふれた姓であることから

フルネームを略したH. C. Andersen

デンマーク語読みで

"ホー・セー・アナスン")と呼ばれる

 

フュン島の都市オーデンセで

 22歳の病気の靴屋の父

 数歳年上の母親の家で生まれた

彼の家は貧しく

 一つの部屋で全員が眠った

 

アンデルセンは、両親の愛と

母親の盲信によって育てられ

若い頃から想像力を発揮した

 

1816年・当時12歳 父親が亡くなると

 自分の進路のため学校を中退する

  

15歳の時

 彼はオペラ歌手になるため

    コペンハーゲンに行った

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最初の3年間は困窮を極めた

彼は劇作や歌など創作したが

オペラ歌手に成ることに失敗し挫折

その後も挫折を繰り返し

デンマーク王立バレエ団の

バレエ学校にも在籍していた

 

後にデンマーク王や

政治家のヨナス・コリン

コペンハーゲン

王立劇場の支配人の助力で

教育を受けさせてもらえることになり

大学にまで行くことが出来た

 

在学中の5年間(1822-1828年)は

悲惨なものだった

文学的才能について学長から

嘲笑されたりしたので

コリンは個人授業を受けさせた

 

1828年大学に入学し

 文献学と哲学を学んだ

 

1829年

『ホルメン運河からアマゲル島東端までの

徒歩旅行──1828と1829における』を

自費出版しドイツ語版も出るほどであった

 

1833年4月~翌1834年8月にかけて

ヨーロッパを旅行した

パリに滞在後、スイスの山村にこもり

「アグネーテと人魚」を書き上げる

祖国デンマークに送って出版する

好評は得られなかったが詩人に

 

とっては画期をなした

秋からイタリアに移り各地を訪問

ローマ滞在中に『即興詩人』を書き始める

またローマで活動していたデンマーク

彫刻家トーヴァルセンと親交を結んだ

 

1835年に最初の小説『即興詩人』を出版する

この作品は、発表当時かなりの反響を呼び

ヨーロッパ各国で翻訳出版された

アンデルセン出世作となったが

現在は森鴎外訳を得た日本以外で

顧みる者はほとんどいない

同年『童話集』を発表するが

当初はむしろ不評であったという

 

死去するまでの間に多くの童話を発表した

アンデルセンの童話作品は創作童話が多い 

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初期の作品では主人公が

死ぬ結末を迎える物も少なくなく

若き日のアンデルセンが死ぬ以外に

幸せになる術を持たない貧困層への嘆きと

それに対して無関心を装い続ける社会への

嘆きを童話という媒体を通して

訴え続けていたことが推察できる

 

この傾向が晩年になってから緩められていき

死以外にも幸せになる術があることを

作中に書き出していくようになった。

 

また極度の心配性であったらしく

外出時は非常時に建物の窓からすぐに

逃げ出せるように必ずロープを持ち歩いた

さらに、眠っている間に死んだと勘違いされて

埋葬されてしまった男の噂話を聞いて以来

眠るときは枕元に「死んでません」

という書置きを残していた

70歳の時に、肝臓癌のため死去する

 

大学を卒業しなかったアンデルセン

旅行を自分の学校とした多くの旅行記を

書いている

旅先で多くの作家や学者、芸術家と交友を深めた

生涯独身(未婚)であった。

 

アンデルセンが亡くなった時は

フレゼリク王太子や各国の大使

子供から年配者、浮浪者に至るまで

葬式に並び大騒ぎになった

世界中で愛読されていたのに

自身は常に失恋の連続だった

要因として、容姿の醜さ、若い頃より

孤独な人生を送ったため

人付き合いが苦手だったのだろうか?

 

 

ラブレターの代用を

自分の生い立ち・童話作家としてのデビュー

初恋に敗れた悲しさを綿々と綴られた自伝を

送るという変な癖があったとのこと

この著作は死後約50年経て発見された

それらによると生涯に三度

こうした手紙類を記したことが分かっている

探検家デイヴィッド・リヴィングストン

娘との文通は有名である

 

・彼の肖像は、デンマークの旧10クローネ紙幣

に描かれていた

 

・首都コペンハーゲンには

人魚姫の像

ダンス博物館に王立バレエ団時代の資料が

 

・彼の生まれ故郷オーデンセには

アンデルセンの子供時代の家(一般公開)

アンデルセン博物館がある

 

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1956年には彼の功績を記念して

国際児童図書評議会 (IBBY) によって

「児童文学への永続的な寄与」に対する表彰として

国際アンデルセン賞が創設され

隔年に授与が行われている

この賞は「児童文学のノーベル賞」とも呼ばれ

高い評価を得ている

  

はじまり・はじまり

大好きな「おやゆび姫」

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むかしむかしあるところに

子どものいない夫婦がいました

なかなか子どもを授かることができないので

夫婦は魔法使いのところへ行きました

魔法使いは、ここにある大麦を植えると

何かが起こるからやってみなさい、と言いました

 

夫婦は急いで帰り大麦を植えると

土の中から何かが動き出し

あっという間に芽が出て大きな赤いつぼみをつけ

チューリップを咲かせました。

よく見てみると花の真ん中に小さな女の子が

座っていることに気がつきました

女の子はおやゆび半分の

大きさしかありませんでしたので

「おやゆび姫」と名付けました

 

おやゆび姫は歌が得意で

甘くやさしい歌声には誰もが

うっとりしていました

  

ある夜、おやゆび姫がクルミのからのベッドで

眠っていると大きな醜いヒキガエル

部屋の中に入ってきました

ヒキガエルはおやゆび姫を

自分の息子の嫁にしようと思い

眠ったままのおやゆび姫をクルミごと

持ち上げ連れ去りました

 

沼に住んでいる息子のもとへ

おやゆび姫を連れて行きました

眠ったままのおやゆび姫は

蓮の葉の上に乗せられ翌朝目覚めると

いつもと違う場所にいることに驚き

自分はヒキガエルの嫁になることを

聞かされ悲しくて泣いていました

ヒキガエルの嫁になることを

不憫に思ったメダカたちが蓮の茎を噛み切り

おやゆび姫を乗せた葉っぱは川を流れていきました

お腹が減ったおやゆび姫は野ネズミの家を見つけ

麦をひとつぶくれるように頼みました

おやゆび姫のかわいそうな話を聞いた野ネズミは

おやゆび姫を自宅に上げ

楽しい毎日を過ごすようになりました

 

野ネズミの近所にはお金持ちのモグラが住んでおり

モグラはおやゆび姫に一目ぼれして

嫁にしようと考えていました

 

そんなある日

おやゆび姫はケガをして道に倒れている

ツバメを助けてあげました

おやゆび姫の献身的な世話のおかげで

ツバメは元気を取り戻し

やがて旅立つ時がきました

 

ツバメはおやゆび姫に感謝し

一緒に緑の森へ行こうと誘いました

ツバメのことが好きだったおやゆび姫は

喜びましたが、野ネズミを残していけないと

誘いを断りました

ツバメが旅立ってすぐにモグラに結婚を申し込まれ

おやゆび姫は結婚することになりました

モグラと結婚したら大好きなお日様にも

2度と当たることができず

ツバメにも会うことができないので

おやゆび姫は悲しくて泣きました

するとそこへツバメがやってきて

一緒に南の国へ行こうと言いました

おやゆび姫は決心してツバメの背中に乗り

大空へと舞い上がりました。

 

こうしてあたたかい南の国へ到着し

ツバメはおやゆび姫を大きな花の上に乗せました

よく見ると

花の真ん中におやゆび姫と同じ大きさの人がいました

おやゆび姫はとても驚きましたが

実はその人は花の妖精の王子様で

王子様はおやゆび姫を見てとても喜びました

それから2人は結婚し、幸せに暮らしました

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今読むと、そんなに可愛らしく

  素敵なお話では無いような・・・

ヒキガエルが醜い

・優しいメダカ・のねずみ

モグラは穴の中

 

 

 貧しい生い立ちから

可能性を求めながらも繰返す挫折

挫折からの貫徹は必要以上の

努力を要することでしょう

かなりの自分自身との葛藤も

あったのでしょうね!

 

生涯独身であった事は、いろいろな

事情も当然有ったでしょう!

言伝えられるような憶測(?)も

不要でしょう!!

 

旅を通じて見聞を広げ作品とする芸術性

 その過程を、見守り援助を得られるのも

アンデルセンの人得・・・

世界中に多くの優しさと

     夢を与えた童話作家